株式会社 スープストックトーキョー

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食の素人の サラリーマンが ひとりで はじめました

世の中や、外食産業への素朴な疑問、あるいは誤解を恐れず言うと、苛立ちのようなものからスープストックトーキョーは生まれました。派手な電飾看板や、安かろう悪かろうと思わせるメニュー…。代表の遠山は、「もっと普通の感覚でいいのに」と思っていました。「やりたいことを今やらないと後で絶対後悔する」という自身への思いもありました。

ある日突然、「女性が一人でスープをすすっているシーン」が遠山の頭に浮かびました。一人でゆっくりと温かいスープをすすり、ほっとしている女性の様子。それが頭から離れず、膨大なイメージが沸き上がってきました。「女性が一人で入れるお店の圧倒的不足」「無添加の食べ物」などのキーワードがどんどん出てきました。

当時、遠山は三菱商事の社員のまま、スープストックトーキョーというスープの専門店を企画し、事業を始めました。そして社内ベンチャーという形で、株式会社スマイルズという会社ができました。

事業を始めた当時の遠山は、ひとりのサラリーマンで、食の素人。でもそんな何もない状況でスタートできたのは、理屈を超えた、ただならぬ何か、熱病のような何かがあったからかもしれません。

「なんで こうなっちゃうの」 から生まれた、 低投資・高感度

創業当時、世の中の外食店舗を見回してみると、「なんでこうなっちゃうの?」と言いたくなってしまうものにあふれていました。グルグルと回る巨大な電飾。「2階147席」と大きく書かれた内照式看板。極彩色のメニュー。どれも、お客様が見やすいようにと口では言っていても、どこか自分の売り上げのことしか考えていない、周りの環境を無視したものにも見えました。

「低投資・高感度」はその打開策として考えたものです。照明はシンプルなスポットライトで充分だし、「既製品でもいいから、もっと低投資で、それをセンスや知恵をもって素敵なものにできないか」と遠山は思いました。

ロゴは在りモノのフォントであるTimes New Romanを使い、色は墨一色としました。当時、飲食店では黒いマークは常識外と言われていましたが、それが今では、様々なお店で使われるようになっています。せっかくスープに色があるのだから、それを際立たせるために、店内も極力色を使わずにインテリアも、木やガラス、ステンレスなど素材の持つ色のみで、意味のない染色はしない。スープのカップも極めてシンプルに、白いカップに黒いロゴが入っているだけなのです。

添加物に 頼らないと 決めていました

遠山はひとり娘のアレルギーに悩んでいました。赤ちゃんの頃の娘は、かゆいとか、痛いとかの言葉は持っていませんでしたが、全身で泣くことでそれを伝えようとします。そんな状況だったので、遠山の家ではアレルゲンに気を付けるだけでなく、なるべく添加物の記載がない食材を選んでいました。妻は、安心して食べられる外食に対するニーズは必ずあるはず、と訴えていました。ですから「添加物に頼らない」ということは遠山にとって、ごく自然な流れだったのです。一方、そのころ通ったナチュラルフードのお店も、遠山はもう一つ好きになれませんでした。味や色気は二の次。あるいはどこか、失ってもしょうがないもの、とすら思わされました。

私たちは、おいしいものを食べたい。悦楽的でありたい。そのことと安全、安心は共存できるはずだと思っています。しかしそれをファストフードで実現することは大変険しく困難でした。それでも、それを追い求めること自体が、スープストックトーキョーの心棒となっていきました。

創業時、店舗に掲げたコピーは「無添加、食べる スープ」。短い言葉ですが、私たちの想いや姿勢がぎゅっと詰まった、物事に真摯に向き合う責任と覚悟をコミットする想いがそこには込められていました。

おいしい料理とは そういうものです

ファストフードを毎日食べるのは不健康だと言われることがあります。でも本来「ファスト」は「早い」という意味。おいしくなくていい、健康的でなくていい、という意味は本当はありません。

私たちスープストックトーキョーは、家族が、その家族のためを思って手間暇かけることと同じ想いで料理を作っています。商品ではなく「料理」と呼んだ方が合っているかもしれません。

以前、トマトソースを使った商品を作っていたときのこと。製造工場さんにトマトをひたすら煮詰めてソースにしてくださいとお願いしました。煮えたぎるトマトをひたすら焦げないように少量ずつ煮詰めていく作業、それはとても手間のかかる仕事です。でもそのおかげで本場イタリアのトマトソースのような、濃くて旨味のつまったソースができるのです。お願いした工場の方は言っていました。「そうそう、昔はこうやって手間暇かけて料理していたんだよ、懐かしいな、料理とはそういうものだ」と。

私たちは誠実に料理に向き合います。おいしくするために、余計なものを加えないということも、徹底的に手間をかけるということも、私たちにとっては一緒のことなのです。

フードコートには 出店しません

すこし大げさですが、言い換えるならば「フードコート的な、個性が感じられない画一的な場所」には、私たちはスープストックトーキョーを出店することはありません。

店舗数に関して言うと、売上や販路の拡大のために、やみくもに増やすということは考えていないのです。

スープストックトーキョーはもともと50店で打ち止め、などと言ってスタートしました。100より1000のほうが偉い、という価値観はありません。質より量、という価値観もありません。

計画断行や数字的な拡大よりも、むしろ、何をやりたいのか、何をやるべきなのか、誰がやりたいのか、誰が責任をもってやるのか、他人事ではなく自分事になっているか、意義はあるのか。そんなことを、私たちは大事にしているのです。

拝啓、 京浜急行電鉄 株式会社様

スープストックトーキョー京急品川店(※)の壁には、多摩川にかかる鉄橋を京急線が走るシーンをとらえた写真を掲げていました。青空に多摩川がゆったりと広がっている写真でしたが、しかしそこには多摩川沿いに並ぶホームレスのブルーテントもありました。

オープン後しばらくして、京浜急行電鉄株式会社様より「写真を修正してほしい」との連絡が。差し替える段取りも考えましたが、ブルーテントが写っている写真を飾った意図をしっかり伝えたく、手紙をしたためました。

『撮影した写真は、青い空、京急さんの車両、柳と影が大変美しく、日本離れした風景だと思いましたが、ブルーテントが写っているおかげで、ちゃんとTOKYOになりました。ただ美しいだけの風景よりも、時代を切り取り、真実を伝え、写真の向こうに意味や息遣いが伝わるものが今の表現であると思っています』

その後、京浜急行電鉄株式会社様からは「写真を差し替える必要はありません」と連絡をいただきました。意図を持ち、信じて行っていることは、先方に誠実に伝えれば理解してもらえるのだという大切な経験になりました。

※現在は閉店

JALさんとの 取り組みは 創業前から 決めていました

「JALの機内サービスのスープとして開発したブランドがSoup Stock[On The Ship]…」これは遠山が創業前に書いた事業計画書の実際の一節です。

その後、日本航空の方にお会いした際、「実は創業の時から、JALさんで機内食をすることを企画していました」と勇み足で提案しました。最初は言葉もなく驚かれた様子でしたが、結果として本当に機内食としてスープが提供されるようになりました。

上空35000ftのスープストックトーキョーとして、年齢も出身もさまざまな人が乗り合わせる機内で、どなたにもおいしく召し上がっていただけるよう、新たなスープを開発しています。

新たなシーンをイメージしていくこと。我々はそれを「妄想」と呼んでとても大事にしています。それが明日の現実になると、信じているからかもしれません。

失敗に向き合って すべてを 捨てました

2008年の10月。「東京参鶏湯」の原材料のひとつである「もち米」の一部に事故米(※)が混入したという事態が発覚しました。

スープを製造してもらっているメーカーも、知らずに使用してしまっていたのが理由ですが、それは我々自身のトレーサビリティがしっかりとできていなかったからに過ぎません。その日から、我々は一丸となって事態改善に向かいました。

トレーサビリティのシステムを速やかに導入したのはもちろん、二次原料も含めて明確な産地が分からない食材は使用をやめました。結果的に、それまで作りためた100以上のレシピはすべて作り直す作業が必要となりました。ひとつ素材が変わるだけで料理の味は全く違うものになる、ただの置き換えでは済まないからです。仕入れ原価も跳ね上がりました。しかし全てのレシピにもう一度向き合ったことで、よりスープのクオリティが上がり、また、生産者さんや加工場の皆さんと直接対話をし、より質のよいものを安定して提供して頂くことにつながりました。

失敗は素直に認める。やり直すなら徹底してやり直す。やりきることの大事さを学んで今があります。

※本来食用でない工業用・肥料用のものを意図的に食用と偽装されたお米のこと

だから 株式会社スープ ストックトーキョー をつくりました

ブランドができて16年、当時株式会社スマイルズの副社長だった松尾は、働く皆がなんだか元気がないような気がしました。お客様からは、商品がおいしい、空間が居心地いい、一人でも食べやすい、と言われても、「働いている『人』がいい」という言葉をいただくことは残念ながらあまりなかったのです。「人」をもっと磨かなければ、ということを松尾は感じていました。

私たちは、自分たちのことをただのスープ屋だとは思っていません。「食べるスープ」というひとつのカテゴリーを立ち上げましたが、それは手段でしかありません。一番大事なことは、会社の経営理念である「世の中の体温をあげる」こと。そう思うと、全てがシンプルになってきました。

松尾は皆に「スープストックトーキョーを、改めて世の中の体温を上げられる集団にする」と言いました。

「誰かを温めたいと思える、温かい気持ちを持ち、それを行動により表現できる人」。そういった人がいること自体が価値であり、そういった人がたくさん集まっていることこそ、ブランドのゆるぎない強さになると信じたのです。

「人がブランドを作る」。そう決めて、2016年2月、株式会社スマイルズから分社し、株式会社スープストックトーキョーは生まれました。

ファンではなく 一緒に ステージで踊る人を 探しています

「スープストックトーキョーが好きなんです!」

面接の場でこういわれることは、もちろん嬉しいです。でも、もしかしたらそれだけでは、スープストックトーキョーで働くことは難しいかもしれません。

私たちは「表現者選考」という言葉を用いていますが、お店に立ち、お客様の前で振る舞うこと、一杯のスープに心を込めること、それらすべてを表現としてとらえています。採用面接も、場合によっては、会議室ではなく、その人が一番輝いているステージに実際に行くことだってあります。面接というよりオーディションのようなものかもしれません。

まるでひとつの舞台に一緒に立つ仲間のように、スープストックトーキョーの世界観を表現できる方と一緒に働きたいと思っています。

マニュアルではなく 心から出る言葉 だから伝わります

一月七日、人日の節句。一年にこの日だけ提供する「瀬戸内産真鯛の七草粥」に私たちは一声添えます。

「今年も一年、健康にお過ごしください」

店員にこう言われたお客様は、ちょっとはっとした顔をして、そして少し嬉しくなっていただけたようです。でもこの言葉は「マニュアル」ではありません。

「今年も一年元気で過ごせますように」でも、「お正月のお酒がこれで抜けますね 。健康な一年になりますように」でもいいのです。

七草粥の風習やいわれに思いを馳せ、それを表現し、お客様の健康を願う言葉、それが心から出る言葉ならば、きっと伝わるはずだから。

後日、とあるお客様からは、「健康を気遣う言葉なんて、家族や医者からしか聞いたことがない」というメールをいただきました。そのメールには、自分の住む町にぜひ出店してほしいと書かれていました。そして、声をかけてくれたスタッフを全員連れてきてほしい、とも。

  スープのない1日  

代表の遠山が「スープのある1日」という企画書を書いたところから始まったスープストックトーキョー。

そんなスープの専門店が毎年夏に行っている、「スープの『ない』1日」。それは、とあるエリアマネージャーの想いから生まれました。

「カレーもスープと同じように、強いこだわりを持って作っているのに、それがあまり知られていないのがもったいない」。

その日は、全店のロゴを“Curry Stock Tokyo”と変え、スープは一切提供せずカレーのみ何種類もご用意し、1日限りのカレー専門店に。結果、各店舗、創業以来の大行列となり、お客様とともにスタッフも楽しむことのできたイベントとなりました。

企画職が企画を立て、営業職は営業をする、ではなく、自分がやるべきだと思ったからやる。誰もやったことがないなら、なおいっそうやってみる。

この先の新たな道を作るのは、創業者でも経営者でもない、熱をもった一人ひとりなのです。

さんまのつみれの 生産工場に 行かせてください

「女川産さんまのつみれスープ」というメニューがあります。震災により甚大な被害を受けた宮城県・女川町に宛てた「復興支援のスープ」です。2012年以降、毎年秋に販売し、売上に応じた寄付金を、つみれの製造元であるワイケイ水産株式会社様にお渡しし、女川町の復興に役立てていただいています。

2017年秋、仙台のS I PALⅡ店のとあるパートナー(※スープストックトーキョーでは、アルバイトとして働く仲間のことをパートナーと呼んでいます)が声をあげました。

「つみれの生産工場さんを見学できますか?私もこのスープのために何か力になりたいんです」その声に店長や本部が呼応し、数時間のうちに調整され、産地への訪問が実現されました。

工場の皆さんの話を聞き、女川の人たちが大切にしている想いを受け取ったそのパートナーは「私たちが受け取った皆さんの想いに、寄付金を届けるだけでなく、もっと何かを贈りたい」と、さんまのつみれのスープを召し上がったお客様に、メッセージカードをお渡しし、感想をいただくことにしました。最終的にお客様に書いていただいたカードは約600枚。再訪時にワイケイ水産様に寄付金と一緒にお渡ししました。

全店舗違う ポスターを 貼ったことが あります

2018年の年始、68店舗(※)の店長が、お客様に向けてメッセージをしたため、それを全店舗違うポスターとして掲示しました。

三代続いたお蕎麦屋さんで育った店長、料亭で働いていた店長、ここまでの歩みも年齢もそれぞれ異なる店長たちが、お客様に向けて、各々の言葉で想いを書きました。

お客様に、少しでも心を癒していただければ、と毎日花を飾っていること。お店に来られる常連様の誕生日をお祝いしたこと。本質的に大事なことを届けるために、ファストフードとして守らねばならない提供スピードを「捨てます」と宣言したこと。様々なエピソードから垣間見えたのは、確かな一人ひとりの意思のようなものでした。

カメラマンに撮ってもらった店長たちの表情はどこか誇らしく、頼もしく、スープストックトーキョーの顔として輝いていました。

※当時の全店舗数

アルバイトが 店の代表に なるとき

スープストックトーキョーではアルバイトとして働く仲間たちをパートナーと呼んでいます。「世の中の体温を上げる」という会社としての理念は、いつしかパートナーたちにも伝わり、自発的な取り組みが見られるようになりました。

ある店で、いつもお越しになるお客様。挨拶は交わしていても、ポイントカードは作られませんでした。でも常連様として来ていただいているそのお客様に少しでもサービスをしたいと、パートナーたちはそのお客様が来店されるたびにこっそりとポイントを貯め、貯まりきった日にポイントカード特典を提供する提案をしました。(この行為はもちろん、マニュアルなどで定義されたものではありません。)

「最初は差し出がましいことをしてしまったのかもと不安でしたが、その後、そのお客様は笑顔で来店されるようになったのです」

こんな取り組みを、パートナーたちが店の代表としてステージに立ち、取締役や全店の店長、他店のパートナーの前で発表する会を毎年開催しています。考えて行動した人の言葉は誰の言葉よりも深く響く。少しずつ、その店、その人にしかできないお客様の体温を上げる取り組みを、一人ひとりが自発的にできる会社になってきました。

スープストック トーキョーの 伝え方

スープストックトーキョーは「広告」を出すことはありません。「なぜCMをしないんですか?」と聞かれることがありますが、まずは目の前の誰かにしっかりと向き合うことが、なにより想いを伝えられ、その先の共感が生まれるはず、という信念のようなものがあるからかもしれません。

「バーチャル社員」という制度があります。社員やパートナーが退職する時、希望者には社員証と引き換えに「バーチャル社員証」を渡します。バーチャル社員は、来店割引や、関係者のみの新商品試食会の参加などの特典がありますが、本質としては、ずっと私たちの共感者でいてください、という気持ちから生まれたものです。

社員が200人、パートナーたちが2000人。そこに、一番の共感者に成り得る「バーチャル社員」が2万人いたら。さらにその先に一人ひとりのご家族やご友人がいたら。それは十分共感が伝播する数になるのではと考えています。

私たちは「世の中の体温を上げる」という経営理念を実現したいと本気で考えています。広告やマーケティングではなく、一杯のスープを通して、目の前の人に誠実に理念を伝える。そういった姿勢にこそ、共感が生まれるのではないかと考えています。

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はじめに

食べるスープの専門店
スープストックトーキョーです。

私たちの「会社としての姿勢と表現」
についてお伝えします。

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